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ただいま寄り道中

カチン・ミッチーナの備忘録

琥珀の町・ワイモー ―国家と宗教について思いを巡らす―

ミッチーナからエヤワディー川をはさんで、対岸の町、ワイモーに行ってきました。


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ワイモーは最近ミャンマーではやっている琥珀の取引が活発とのこと。
ちなみに琥珀がはやっている理由というのが、身につけると体にいいかららしい。なんじゃそれと思うが、やはりブラシボー効果というものが強いのかしら。


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町中のチャイ屋は男性客ばかりでした。どうやらチャイは男性の社交場?の様子。ややこわもてのお兄さんが琥珀を見ながら談笑していました。

喉がイガイガするほど激甘なチャイを飲み終わったあと、さらに郊外へ。まるで日本の農村のような風景に、果たしていま自分がどこにいるかわからなくなりました。


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道中、不思議な車の行列を発見。聞いてみると、明日・11月14日は11月の満月の日。仏教徒のみなさんはカティン祭(僧侶にお金やものを寄進する祭り)をするとのことです。

 

しかし、どうしても以前にきいた「仏教徒ではない自分たちに仏教の行事をおしつけている」という言葉が頭をよぎり、素直に受け止められない。

宗教と国家というのは、切っても切り離せない関係にあると思うのです。宗教は時として国家そのものを揺るがす力を持っています。それを、国家うまくコントロールしていかねばならない。一方で、特定の宗教の人間が国家をコントロールしていくと、異なる宗教の人間を自分たちと同じ宗教に改宗させようとする。

今も昔も、人間のそういう部分は変化していないのでしょう。